NPOえひめ盲ろう者友の会 会報 ―― 2007・秋号 ―――― もくじ 1. 養成講座&交流会 2. ピクニック交流会 3. 全国大会報告 4. ヘレンケラー 5. パソコンライフ 6. 行事日程 7. 編集後記 1 H19年度盲ろう者通訳・ガイドヘルパー養成講座    /          &フルーツ白玉作り交流会  レポーター 松本 雅美 今年度も通訳・ガイドヘルパー養成講座を開催し、受講生22名、うち19名が無事に修了証を手にしました! 9月9日・23日、10月14日・28日(日)の全4回、松山市総合福祉センターにて開かれた養成講座。今年度は思いもよらず多数の申込があり、かなり早い時期から募集を締め切るという嬉しい事態となりました。 講座は講義・疑似体験・実習・交流など、盛りだくさんの内容。中でも「盲ろう者の話」や「体験実習盲ろう者と交流」などは、とても勉強になったと受講生に好評だったようです。 10月14日(日)は、養成講座と友に会交流会をドッキングして「フルーツ白玉作り交流会」が行われました。受講生と参加盲ろう者・介助者・その他、全部で40人ほどと大人数で、白玉作りやゲームをしながら楽しく交流しました。 ○感想○ 10月14日、友に会の交流会がありました。私は友に会にはいって、初めての交流会に参加することになりました。みなさんに会えるのも、とっても緊張しました。友に会のみなさんと受講生のみなさんで、フルーツ白玉を作ったり、まるばつゲームをしたりして、とても楽しい交流会でした。また、参加したいですね。        参加者 正岡 かおるさん 手話通訳の仕事をしていて、以前から盲ろう通訳にも大変興味がありました。この講座は講義ばかりでなく、盲ろう者の生の声を聞かせてくれたり、模擬体験や盲ろう者との交流と、実際に役立つ内容が沢山あり、あっという間に四回が終了しました。受講後も盲ろう者と交流を図り、今回教えて頂いた事を実践へと結びつけていきたいと思います。    受講生 山中 美奈子さん 平成19年度の盲ろう者通訳・ガイドヘルパー養成講座が終わりました。今回はスタッフとして、お手伝いをしながら聴講させていただきました。平成15年に受講した時とは違い、内容がとてもわかりやすく、実技もたくさんありました。後は、現場で実践するのみです。盲ろう者に聞きながら、より良い通訳ガイドができるといいと思いました。私も改めて勉強をさせていただけたので、今後の活動に活かしたいと思います。             スタッフ 清家 ゆみ子さん 2 ピクニック交流会 〜野村ファームとポコペン横丁〜 レポーター 松本 雅美 今年7月15日(日)に予定していたピクニック交流会は、台風により中止となりました。楽しみにしていた方も多かったのでは、と役員で相談し、ピクニック交流会のリベンジを決定しました。 11月4日(日)参加者23名。貸し切りバスで出発です!行程は、野村町シルク博物館→野村ホワイトファーム→宇和どんぶり館→大洲ポコペン横丁。 美味しいソフトクリームも最高でしたが、大洲のポコペン横丁は誰もがその懐かしさに感動していました。みんなやっぱり昭和の人々なんですよね。私も含め…。 ○感想○ 秋晴れの空にお日さまも顔をのぞかせて、今日は絶好のお出かけ日よりです。目指すは【シルクとミルクと相撲の町】野村町!シルク博物館では、お蚕さまの歴史とキレイなシルク製品を見学しました。その後は、ミルクたっぷりのアイスに、お菓子に、揚げたてのじゃこ天・・・あぁ、なんて素敵な1日!初参加の緊張も、皆さんの笑顔と満たされたお腹にほぐされて、楽しい交流会でした♪                 奥出 みゆきさん 3 全国盲ろう者大会(熊本大会)参加報告 村上 容子 8月17日から20日まで、予想通りの猛暑の中、火の国熊本で行われた「全国盲ろう者大会」に通訳介助者として、参加してきました。 今年の大会は、熊本学園大学を会場に、400名(うち盲ろう者130名)の参加者の中、4日間の日程で開催されました。会場は、大きなホールで、前方には机席があり、パソコン通訳、ブリスタ通訳などが行われており、後方は階段席でステージ上やスクリーンが見渡しやすくなっており、とてもよい環境でした。 2日目の第一分科会では「全国の盲ろう者の生の声を聞く」と題して、わが友の会の理事長である高橋さんの司会のもと、日頃思っていること、困っていることなど、様々な意見をフロアの方から出してもらい、共感したり、改善策を出しあったりしました。最終的には会場から出た意見を、 1. 盲ろう者独自のニーズや特性をふまえて、盲ろうという障害を独立した障害種別として位置づけしてもらう。 2. 盲ろう者への総合的な支援事業が安定的になされるようにしてもらう。 という二点にまとめ、分科会決議としました。 3日目には、全国大会初の試みでボウリング大会も行われ、多くの盲ろう者が、頼れる通訳介助者の支援のもと、優勝賞品めざし、ここちよい汗を流しました。 また、そのような大会プログラムの他に、ご当地ならではのグルメを楽しんだのも、いうまでもありません(同行盲ろう者の強い希望?!) 一日目の夜は、こってりとんこつスープの熊本ラーメンを食し、二日目には馬肉ホルモンやレバ刺し(地酒つき)、三日目には霜降り馬肉やたてがみ部分の馬刺・・・そして帰り道では、「むつごろう」の活き作り、博多ラーメン・・・当地の食文化を十分堪能し、同行の盲ろう者とともに、驚いたり、笑ったり、迷ったりしながらの、楽しい4日間を過ごすことができました。 仲間との再会や談笑、その中でしか得ることができない勇気や感動は、盲ろう者にとって本当に何よりのパワーになるような気がします。また、当事者だけでなく、通訳介助者にとっても、そのような盲ろう者の方の笑顔や顔なじみの方との再会は、ほんとに嬉しいものがありました。このような中で、無事に四日間の通訳介助を終えられたことを皆様に感謝しています。 来年の全国大会は広島で開催予定のようです。できれば、また参加したいと思いますし、この感動をぜひ一人でも多くの盲ろう者が体験できるよう、今後の友の会活動に取り組んでいきたいと思っています。 4 ヘレンケラー 真鍋 法子 受講生のみなさん。「ヘレンケラー」という小説を読んだことがありますか?小さい頃病気が原因で三つの障害を持った盲ろう者です。知っていますか?「盲ろう者」とは目が不自由な上に耳も聞こえない人たちのことです。まったく見えずまったく聞こえない人もいます。「ヘレンケラーのような人」といえばお分かりでしょうか? 日本にも現在このような人たちが約13000人いるといわれます。海外にも盲ろう者がたくさんいるし点字の珍しい機械がいろいろあるそうです。私も羨ましく思っています。とても高くて買えませんね。今打っている機械は「ドイツ製ブリスタ」といいますが10万円するそうで、大切にお借りしています。 2013年の「第10回ヘレンケラー会議」および「世界盲ろう者連盟第4回総会」が日本で開かれる予定だそうです。私は海外旅行に行ったことがないしアルファベットでベラベラ書けませんよ。みなさんよく勉強するようになればボランティアの免許証を取ってほしいですね。そうして世界の盲ろう者の気持ちを理解出来るようご支援・ご協力をお願いいたします。 次はわたしの自己紹介をいたします。 2歳のとき脳症という病気で熱が高くなり耳が聞こえなくなってしまいました。その後お喋りが出来なくなったみたいですが、記憶がありませんよ。 聾学校に入ってから小学部2年のとき突然病魔に襲われました。視力も弱くなっていきました。小4年までときどき難病に冒され自宅で療養し、母・姉が交代で私を連れて医者通いの日々が続きました。でも、なかなか治らなくてとてもしんどく、辛かったです。「灸の効果は良いので熱が下がる」と聞きました。母に灸を据えられたので私が「熱い熱い!」と悲鳴をあげながら暴れたことをよく覚えています。艾(もぐさ)を置き、その上に火を着けその熱の刺激で病気を治す方法でした。そしてめきめき回復し、元気に戻りました。 小5年になって聾学校に復学。それから病気をせず生きて生きて生きました。大人になってずっとそのまま弱視聾でした。姉は支援者として私と一緒に大きな病院へ行ってくれました。私は目の検査を受けましたが原因は不明でした。「眼鏡を掛けるように、ルーペを持って仕事をしてください」と医者に言われました。 就職から3年目、姉が社長に呼ばれ、「仕事の間違いが多いので困っています。目の検査を受けるために眼科へ行きなさい」と勧められました。外国製の重い眼鏡は5万円だって!みんなも驚いたほど。私はそんなお金がありませんでした。眼鏡を掛けたら歩き回ることが出来ないし、かけたり外したり仕事をしなければならないので大変面倒くさかったです。 40歳前から視力が低下してしまい、現在は「目は悪くないけれど脳の中にある神経が故障になっているので見えない」と診断されたのです。 〔日常生活〕 現在は母と姉夫婦と4人で日常生活しております。 歩く運動・・・庭が新しく変わったので、家の周りを歩きやすくなりました。朝夕毎日家の周りを10回歩き、そして倉庫の階段を2段ごと上り、1段ずつ下り、5回運動しています。坂が多いところへ散歩に行きますよ。 水道・・・水の音がまったく聞こえないので止めるのを忘れたことがあります。家の人によく叱られます。水道代はものすごく高いので、気をつけなければならないのは「止めたか」手を出して確認することでした。 洗濯機・・・現在は全自動洗濯機だから盲ろう者は難しいかもしれませんが、二槽式洗濯機は簡単に出来ますね。全自動洗濯機には小さなボタンがたくさんあるし大きなボタンも二つあるしボタンの下に点字がついているのでしょうね。でも点字説明書がないから自分でするのがダメなんです。家の人が準備しておいてから1時間くらい待てば良いのでしょうね。洗濯機が動いている途中ふたが開けられませんね。「ランプが消えたか」様子を見ると「OK」だよ。そして洗濯物を干します。 他にもお風呂の準備はわたしの役目です。普通の家庭と同様でお互いに助け合います。 〔コミュニケーション〕 私のコミュニケーションは手書き文字・点字・日本語指文字です。昨年ローマ字式指文字を望んであったのに教えてもらえませんでした。アルファベット指文字の易しい方法があります。手書き文字は相手の手のひらに書いて話します。話を聞くときの方法は自分の手のひらに易しい漢字・仮名混じりで書いてください。私は背中・膝の上・手のひらのどれでも感覚があります。 みなさん二人が組んで手書きのやり取りを学習してください。少し力をいれてゆっくり書いてごらん。目で読み取れるようになれると思います。 点字は点字板・パーキンス型タイプライターを持っています。点字模様を作るときはタイプライターがあれば便利です。ブリスタとはパーキンス型と同じだから全体会や研修会などで使うものです。お喋りでもかまいませんよ。じゃあやってみませんか?ブリスタ通訳者は必要だけど点字が出来るのなら練習してみてはいかがでしょうか? わたしは点字を習い始めてからタイプライターを使わずピアノみたいに打つ練習したんですよ。これは指点字と言います。お分かりでしょうか? みなさん盲ろうの私たちは通訳・介助者を求めたいのです。ぜひご理解・ご支援・ご協力をお願いいたします。 体調を崩さないように頑張ってください。 5 私のパソコンライフ 林 弘之 今、わたしの生活の大部分を占めているのがオンライン小説(インターネットのホームページ上で公開されている小説)を読む時間です。主に二次創作と言われる分野のものを中心に、かなり無節操に読み漁っていると思います。 元々読書が趣味で、暇さえあれば本を読んでいるわたしでしたから、面白そうな作品を見つけると何時間もパソコンの前から離れないということもあります。失明してから自分の好きな物語に触れることが難しくなっていたわたしにとって、このオンライン小説との出会いはとても大きなものでした。好きな本を読みながらその世界のいろいろなことを想像して楽しんでいた頃の充実した時間を取り戻すことが出来ました。 いえ、それだけではありません。自分のように小説を書いている人とも出会い、交流を深めることが出来ました。 今はその人が管理しているホームページに自分の書いた作品を投稿させてもらっています。 驚いたのは、ネット上で知り合った方々のほとんどが、わたしが盲ろう者であると知っても普通に接してくれたことでした。最初こそ驚かれましたが、その後も変わらずお付き合いしてくださっています。同じ物書きとしてお互いがんばりましょうと何度も言葉を掛けていただきました。最初に打ち明けたときは拒絶されるかもしれないと思っていただけに、その言葉はとても嬉しかったです。 わたしが彼らと出会えたのも、パソコンとインターネット、盲ろう者であるわたしがそれらを使うことの出来る環境があったからこそです。 パソコンを使い始めてからもう十年近くになりますが、やっていて本当によかったと思います。おかげで素晴らしい出会いがあり、充実した時間を過ごすことが出来ています。 これらを大事にしつつ、わたしはこれからも思う存分パソコンライフを楽しもうと思います。 6 友の会行事予定 (1)ボウリング大会 期日 平成20年2月10日(日) 時間 未定 場所 キスケボウル (2)総会&お花見 期日 平成20年4月6日(日) 時間 未定 場所 愛媛県視聴覚福祉センター 〜通訳介助をしてみたいと思われる方へ〜 友に会では年間4回の交流会と県からの委託事業として、盲ろう者向け通訳・ガイドヘルパー養成講座を実施しています。本誌をお読みいただき、興味を持たれた方、次回は自分も参加してみようと思われた方、いらっしゃいましたら事務局までお問い合わせください。 7 編集後記 編集長  林 弘之 こんにちは。編集長の林です。多くの方の協力を得て、ここにもうろうの木第2号をお送り出来ることを嬉しく思います。 さて、今回は盲ろう者の体験談と全国大会参加報告。そして、友に会主催の行事に参加していただいた方の感想と、前号を上回るボリュームになっているのではないかと密かにニヤリとしてみたり。 先にも述べたように、本誌は本当にたくさんの人の協力によって完成したものであり、製作にご協力いただいた方お一人お一人の力が集まって一つの形になっているのだということをご理解いただければ幸いです。 その中にはもちろん盲ろうの方も含まれています。 そう、盲ろう者と健常者が同じ一つの目的のために力を合わせたのです。これは盲ろう者の視点から見て、社会参加しているということにはならないでしょうか。 社会という巨大なシステムから見れば、ほんの些細なことかもしれません。ですが、本誌の編集作業を通して誰かと一緒に一つの目的を目指すことの楽しさを知り、それがより大きな目的へと繋がっていくきっかけになったなら、これほど素晴らしいことはないでしょう。 本誌がそのようなものとなること、今後も多くの方々が参加してくださることを期待しつつ、今回の編集後記とさせていただきます。   平成19年11月6日      もうろうの木 編集長 林 弘之